昭和33年に建設された校舎も老朽化が進み、かつ大規模地震への対応をするために取り壊し、新たな場所へ移転することになりました。
この間、多くの卒業生を輩出し、文字通り“弥富の中学校”として地域に愛されてきた母校でした。それが新しくなるとはいえ、なくなるとなると誰もが一抹の寂しさを感じるものです。平成20年1月12~14日に行われた「旧校舎さよなら見学会」の受付で記帳してしていただいた芳名録を見ると、市内在住の方はもちろん、日本各地の住所もありました。
昭和33年に建設された校舎も老朽化が進み、かつ大規模地震への対応をするために取り壊し、新たな場所へ移転することになりました。
この間、多くの卒業生を輩出し、文字通り“弥富の中学校”として地域に愛されてきた母校でした。それが新しくなるとはいえ、なくなるとなると誰もが一抹の寂しさを感じるものです。平成20年1月12~14日に行われた「旧校舎さよなら見学会」の受付で記帳してしていただいた芳名録を見ると、市内在住の方はもちろん、日本各地の住所もありました。