先日の出校日は、夏休み中の子どもたちの事故やけが、健康面の様子などを確認するとともに、2学期によいスタートを切るために、気持ちのギアを入れることもねらいのひとつにありました。この日を課題の提出日にしてあるのも、その理由です。すべての子がすべての課題を、というわけにはいきませんでしたが、しっかり取り組んだものを胸を張って出してくれた子がたくさんいました。先生たちは、その課題を見ながら、「お、よくがんばったな」「2学期、期待できそうだね」と、そこから伝わってくる子どもたちの姿に目を細めていました。
そんな中で一段とうれしそうにしていたのが、美術の先生です。提出されたポスターを1枚1枚見ながら、そのできばえに、
「おおっ」
と感嘆の声をあげていました。入賞するかどうかは別にして、そのテーマについて思いをめぐらせ、構想を練り、時間をかけて仕上げた作品はどれも力作ぞろいでした。
力作ぞろい(8月28日)
気持ちよく2学期を迎えるために(8月25日)
まだ朝の涼しさが少し残っている時間帯に、体育館北側の道路に面した植え込みに男子バレー部の姿がありました。手には軍手をはめ、足元に大きなごみ袋が置いてありましたので、草取りをしてくれているのだと、すぐに分かりました。
ご家庭でもそうだと思いますが、夏は雑草が猛烈な勢いで伸びます。弥富中学校は市内の他の学校に比べるとまだ花壇等は少ない方ですが、それでも広い敷地のいたるところに雑草が大きな顔をしています。教室や廊下を毎日そうじして気持ちよく学習できるようにするのと同じように、これらの雑草もきれいにし2学期を迎えたいものです。しかし職員だけでは手が足りませんので、毎年、部活動単位でそれを手助けしてもらっています。大切な部活動の時間を草取りに費やせてしまい申し訳なく思いますが、子どもたちの手を借りると見る見るうちにきれいになっていきます。
ほどなくすると、体育館の中にはさっきまで黙々と草を取ってくれていたバレー部の元気のよい声が響いていました。ボールをトスする手にはめていた軍手は、きれいに洗って体育館の外に干してありました。
生みの苦しみ(8月24日)
7人が、「う~ん」と悩んでしました。
ここは緑ブロックの旗を制作している3階MRです。気軽に、がらっと戸を開け、
「どう、順調?」
と聞いて、返ってきた反応が「う~ん」だったのです。
「どうしたの?」
「行き詰まっています…」
みんなが囲むその中央にはブロック旗が広げられています。細かなところまでしっかり描き込まれていて、素人目から見ればほぼ完成の域に達しているように見えるのですが、担当の子たちからするとまだまだなようです。そんな姿や会話を聞いていると、とてもうれしくなりました。
最近の子は我慢ができなくなったとよく言われます。安易に「ま、いっか」と妥協することも多くあります。しかし、こうして、よりよいものを生み出そうとして苦しんでいる、それもみんなで相談しながらの姿は作品をよいものにするだけでなく、自分自身を大きく成長させてくれると思います。もっと苦しみなさい。
お宝発見!(8月23日)
「こんなのが出てきた!」
と職員室にいる先生たちに声をかけた場面がありました。それが「弥富中学校校歌原本」と墨書きされたものでした。そっと中を開けてみると、そこには手書きの楽譜が入っていました。それは初期の段階というよりは、校歌発表に向けての最終段階のもののようです。ですから、昭和37(1962)年のものと思われます。五線紙に丁寧に描かれた楽譜、そして、その上に薄紙を貼って最終校正をした様子もうかがい知ることができます。
それから50年以上も時を経た今、その楽譜に込められた思いを歌い継いでいることに不思議な縁と、責任を感じたお宝でした。


全日本中学校陸上競技選手権大会2日目(8月22日)
熊本は夜中に雷を伴う強い雨が降りましたが、朝にはそれもあがり、「最高気温予想35℃」という青空でした。
今日のトラック競技の最初の種目は高嶋くんの出場する1500m予選です。ですから、朝一番で会場入りし、入念なアップをして臨みました。800mで転倒した影響はなさそうです。
1500mは800mと違い、最初からオープンコースです。ものおじすることなく、しっかりとスタートラインに立つ姿が確認できました。スタート!中盤から後方に位置しています。やや上体がいつもより揺れているように見えますが、足の動きは大丈夫そうです。しかし、徐々に順位を下げていきます。しかし、いつものレース運びがそうですので、そんなに心配はしていません。ラスト1周を告げる鐘が鳴りました。その時は最後尾。もちろん、いつものようにスパートをかけ追い上げます。しかし、ここは、全国の舞台。なかなかその前をとらえられません。二人を抜いたところでゴールしましたが、残念ながら決勝に進むことはかないませんでした。
走り終えた高嶋くんとしばらく話すことができました。最初に出てきた言葉が、
「やっぱり最初から先頭についていかないとダメですね。それが分かりました」
でした。そして、
「今度は日産スタジアム(横浜)であるんで、その時はそうします」
とも。彼の目はもう前を見ていました。そして、そのために自分がどうすべきかを、この大会でつかんだように感じました。
彼が駆け抜けた熊本は阿蘇山を擁し「火の国」と呼ばれています。
「今夜もう一泊して、明日は熊本観光をします」
とあどけなく笑うメガネの奥に、マグマのように燃える闘志を見ました。